
1999年にベルギーで結成され、25年以上の活動歴を誇るバンドであるAmenra。その音楽は、スラッジメタルやポストメタルなどに位置づけられますが、人間が受ける痛みや苦しみを薪にして生み出される暗黒芸術は、他の追随を許さない美意識に彩られたものです。
結成してからMassシリーズと題された6連作を発表。2021年には活動が20年を越え、新たなフェーズを向かった7作目『De Doorn』をリリース。また各メンバーは、OathbreakerやKingdomといった別バンドでも並行して活動を続けています。
わたしは2018年11月末に行われた来日公演2DAYSに足を運んでいます。もはや日本に来たことが奇跡と呼べると思いますが、その中で観たAmenraの業深いステージには深く心を揺さぶられました。
本記事は『Mass』シリーズ6連作、通算7作目『De Doorn』、25年3月に2作品同時リリースとなったEP『De Toorn』『With Fang and Claw』について書いています。
アルバム紹介
Mass Ⅰ(2003)

1作目。全6曲約27分収録。初期は現在の音楽性とは少し違うスタイル。Neurorisに影響を受けた重心の低さ、薙ぎ倒し系リフが音の壁を築き上げる様は今の彼等にも通じます。ところが本作では、Converge辺りのハードコア・テイストが随分と滲み出ていて荒削りの初期衝動がある。
激情という単語が一番当てはめまる作品といえるかもしれません。その影響を強く感じさせるのが#4で、激情ハードコアとスラッジメタルが邂逅したかのような音が聴き手を強く殴りつけます。焦燥感を滲ませていて若々しく感じたりも。
とはいえ、呪術的かつ陰鬱でスラッジ/ポストメタルの領域にだいぶ足を突っ込んでいます。この黒い濁流のようなサウンドは心身をすり減らす。また、音の壮絶さに拍車をかけるColinの叫びは、初期から迫力と悲痛さたっぷり。その上でたおやかな叙情も細やかに編んでいて、黒々しくもアート感覚を忘れていません。
混沌とした音の中で静かな語りへと移行したり、けたたましく爆発するラスト#6は特に印象的な1曲。Amenraの現在の音楽性が好きな方からすると、肩すかしを喰らうことも否定できません。しかし、現在に花開くための種をまいた作品として重要な初作です。

Mass Ⅱ(2005)

2作目。全5曲約32分収録。どす黒く重いサウンドに磨きがかかっており、バンドの進むべき方向性が定まった事を感じさせる内容です(まだ完成形には至ってない印象ですが)。漆黒の業火は、ベルギーから全世界に向けて放たれます。
呪術的な重みのあるリズム、負の感情を巻きこみながら重く重く鳴らされるリフ、奈落へと道連れにする絶叫。1stアルバム以前のISIS(the Band)が見せたハードコア色の強いスラッジメタルに、Neurosisの深遠さが加わったかのようであり、それが出口のない暗闇で鳴り響いています。
けれども暗欝かつ非情な音世界の中で、哀しみに覆われたメロディを鳴らして少々の抒情性は導入。ミステリアスな女性のサンプリング・ヴォイスやアコースティックな音色も取り入れながら、混沌具合を高めます。
本作には彼等の代表曲となる「Ritual」が収録されていますが、「Ⅰ」「Ⅱ」という別れた内容になっています(アレンジ違いなのか、BPMは異なっている)。
ライヴで演奏されるのは、「Ⅱ」の方が近いのですが、演奏されるときはMass IIIIに収録されている「Aorte」と組曲のような形で披露されることが多い。
ハードコアのアグレッションに生々しいエモーションが重なる#2、Mouth of the Architectと並び立つ音が轟く#3なども収録。全5曲で約32分と短めの内容ですが、その黒々しい音世界に十分すぎるほど溺れる事ができます。

Mass Ⅲ(2005)

3作目。全6曲約46分収録。Amenraの根幹となる音楽性は本作で確立したといえます。呪術的・儀式的な様式を用いつつも、スラッジメタルの重量感と閉塞的支配。
#1「The Pain. It Is Shapeless」から、どんよりとした暗霧の中へ誘い込むようであり、スロウテンポの中で一定間隔で全身を揺さぶるリフを見舞う。静と動による落差はあるものの、重たさと暗黒感の方にベクトルは振れており、絶え間ない孤独が押し寄せます。
現在でもライヴで重要な位置を占める#3「Am Kruez」には、女性ヴォーカルのコーラスが陰鬱な世界を癒すように差し込まれる。しかしながら、開放感をあまり感じさせずに音の重さと強度を中和することなく、混沌としている印象の方が強いです。
ポストメタルにジャンル分けされようとも、やはりNeurosisに寄った救われぬ暗黒があり、コンセプトである痛みもあって終末感が常に漂う。わずかなクリーンボイス、ポストロック的要素は救済とまではいかず。
ラストトラック#6「Ritual」で絶望の淵から逃れられないことを暗示し、本作は締めくくられます。非情な音の群れに、人間の核は脅かされるのです。
Mass IIII(2008)

4作目。全7曲約52分収録。活動から10年近く経ち、確立してきた痛みというコンセプトと漆黒の音色は、本作にて結実しています。
重苦しい音楽という己に課した贖罪。希望と光は残酷なものと定義づけしたかのようにあしらわれ、苦重のサウンドが深層意識を巡る旅路を案内します。2018年11月末の来日公演2DAYSの両日ともにラストを飾った#1「Silver Needle, Golden Nail,」から始まり、#7「Thurifer,」で幕を閉じる約48分間。
前作からの延長上にある作品ですが、不穏なアンビエントやドローンといった要素も存在感を示し、GY!BEを思わせる見通しの効かない終末感は増しています。
しかしながら、身も心も飲み込む・焼き払うかのように重音は轟き、痛みは強引に共有される。本作中で最も儀式的かつ落差のある展開に深々と堕ちていく#5「Razoreater」、静から動への変移・激情型ポストメタルを轟かせる#6「Aorte」は強烈過ぎて、身を守ることもできず。
苦痛の限りなさの果てに造られたAmenraの音楽は、ここでひとつの到達点に辿り着きました。

Mass Ⅴ(2012)

5作目。全4曲約40分収録。これまでの功績や思慮深いダークな音楽性がNeurosisに認められ、彼等のレーベルであるNeurot Recordingsと契約。なお一層の深化を遂げた重音の旅路、新しい進撃の始まり。
ゆっくり奈落へと押し進む重いリズムと極端にヘヴィなリフの反復、情念たっぷりに叫ぶヴォーカルが、視界そのものを黒で塗りつぶしていく。
静かな立ち上がりから、熟練のアンサンブルで聴き手を飲み込む#1「Dearborn And Buried」からして救いはありません。徹底して遅く重厚で暗鬱。一筋の光すら差し込む余地のない闇による拘束。
身体的にも精神的にも堪える音像は、変わっていません。そこに宗教音楽の要素やトライバルなリズム、繊細なポエトリーリーディングも交え、スケールはさらに巨大化。
不穏な緊張感で満たされた静に沈む場面を配しつつも、ヘヴィなサウンドが轟く#2「Boden」、#3「A Mon Ame」と続き、闇は深まります。なかでも、ラスト曲#4「Nowena | 9.10」の存在は大きく、驚くほどに繊細な歌声とギター・フレーズを奏でる序盤から、極限までに溜めて感情を暴発させた音が空気を一変させてしまう。
復活以降のSwans辺りの感性を染み込ませ、なおかつ彼等特有の表現の深化を感じ取れる一作となっています。

Mass Ⅵ(2017)

6作目。全6曲約41分収録。引き続き、Neurot Recordingsからリリース。やたらと虚無感を煽るアルペジオから鉛のように重たいリフとリズムがのた打ち回り、Colinの悲痛すぎる叫びが重なる。Amenra苦痛三原則による絶対的な方程式は守られていますが、本作で際立ってきたのは静パートの存在感です。
解放と祈祷を訴えるようなクリーン・ヴォーカルとギター。極端に音量を絞り、その大きな落差とコントラストがこれまで以上に武器として発揮されています。なかでも#3「Plus Près De Toi (Closer To You)」はひとつの解と言える内容でしょう。
その流れを持つ#5「A Solitary Reign」はAmenra史上最もドラマティックな楽曲に仕上がっています。慎みあるギターのリフレインと囁き声が冒頭~中盤をリードしていく中で、ドゥームメタルの閉塞感を獲得していく中でも抒情性が並列しながら楽曲は進む。背徳の衝動と神々しさに包み込まれるクライマックスは鳥肌もの。
ラストを飾る#6「Diaken」の暗黒と重音の儀式は、11分超をかけて極まります。その果てに数多くのバンドをも説き伏せた神秘の漆黒界がここに打ち立てられる。
聴きながらも避けては通れない”痛み”が当然あるものの、混沌の中に見る美しさは、本作が際立っています。Massシリーズは、メンバーそれぞれの人生に大きな影響を与えた苦痛や悲劇の上で書かれてきたもの。
その痛みの積層こそがAmenraの大いなる歴史となっている。

De Doorn(2021)

7作目。全5曲約47分収録。”Mass”の冠を取り払った初めての作品です。とはいえ黒と重音を統率して「痛み」を限りなく表現するAmenraの法則/儀式は健在です。
苦しみを薪として、築かれる漆黒の大伽藍。かつてのような禍々しい怨念よりも、解放への祈祷のごとく。盟友であるOathbrekerからVo.Caro姐が久々に登板したことに加え、本作の明らかな変化として余白、朗読が増えたことが挙げられます。
聴き手に対して己の内面を深く見つめ直すことを促すように、最低限に音を減らして静かに語るパートがどの曲にも存在する。それでも首謀者・Colinの存在感は変わりません。人々を諭すような朗読、余りにも悲痛過ぎる叫び。そこには当然、Caroの助力による相乗効果もあります。
12分42秒にも及ぶ終曲#5「Voor Immer」は、本作が併せ持つ要素を1曲に集約したかのようなであり、沈黙すらも美しいと思わせる前半から全てを無に還すような重音がクライマックスで轟く。
本作は決して苦痛への招待状ではなく、暗闇の淵に引きずり込むようなものではなく、生命を尊み悼む音が押し寄せるものです。”Mass”という線ではなく、”De Doorn”という点で描いたからこそ、彼らは別の到達点へと導かれたのかもしれません。

De Toorn(2025)

2作同時発売EPの片割れ。全2曲約26分収録。タイトルから明白ですが、前作『De Doorn』と連続性を持った作品で実際にほぼ同時期に書かれたもの。
Mathieuは”De Toornでは、De Doornの精神を受け継ぎ、悲しみ、怒り、変容といった生の感情をより深く掘り下げている。これは儀式の続きであり、炎の中へとさらに一歩踏み込むものだ“と述べています。
心臓の鼓動を模写するドラム、その上をなぞるようなベースラインから始まる#1「Heden」は13分30秒の大曲。ひり付く神妙な静は10分近くを占め、クリーンなギターとフラマン語による語りが添えられる。そして10分辺りからスラッジ由来の重轟音が波及し、苦悶の時が訪れます。
続く表題曲#2「De Toorn」も似た構成。約12分を数える同曲は2/3近くをダークアンビエントと結託し、後半に爆発するものです。凪いだ沈黙の中にも激しい音圧に晒される中でも忍耐と内省を要求されるのはAmenraの音楽らしい。この儀式は痛みへの解毒にはならないまでも、痛みに発露する暗黒芸術としての価値を高めています。

With Fang and Claw(2025)

2枚同時発売EPのもう片割れ。全2曲約14分収録。それぞれを独立した作品でリリースしていることは、意味があること、違いがあることを明確に示しています。こちらもMathieuの言葉を参照すると”With Fang And ClawはMassⅠの本質に立ち返り、我々の始まりを定義した原始的な力を取り入れている”とのこと。
『De Toorn』の収録時間の半分ほどで#1「Forlorn」が8分。#2「Salve Mater」が約6分。こちらは瞑想を促す静の時間を極力減らしていて、早いタイミングで鈍いボディブローをかましてくる。味付け程度に繊細なトーンを持ちよるも、初期のハードコア寄りのスラッジが強まっており、爪と牙を研いだ粗暴さがあります。
CVLT NATIONのインタビューによると、MathieuがSyndromeやAbsent in Bodyといったサイドプロジェクトの作曲はできていた。でもAmenraの楽曲は長く書けないスランプに陥っていたが、本EPでは改善されたという。だからといって初期の生々しさが宿るとは予想外ですが。
長きに渡る痛苦の巡礼を経て、原点の立ち返りと新章を幕開けしたのが2作品のEPです。そして、最後にこの情報をお伝えしておく必要があるでしょう。”Amenraは現在、Mass VIIを制作中である”。
