ポストメタル・ディスクガイド⑤
ISIS(the Band) / Celestial (2000)
ポストメタル最重要バンドの1stフルアルバム。本作にて2010年の解散まで続く不動の5人によるラインナップが揃う。
本作のテーマに、”テクノロジーの進歩に伴うプライバシーの侵害”を扱っており、よりプリミティヴな方法で実現しているという。
また、初期ISIS(the Band)は殺伐・無機質といった言葉があてはまるほどに音の重厚/金属的質感が高い。
Godflesh譲りのリフ、そしてトレードマークであるアーロン・ターナーの咆哮が重なる。反復の中で少しずつ展開が成されていくのも既に形式化。
スラッジメタルとポストロックの共同戦線的な形への落とし込みはみられ、ヘヴィロックの中で示す理知と美学は初期から貫かれる。ライヴでラストを飾ることが多かった代表曲#2「Celestial (The Tower)」収録。
ISIS(the Band) / Oceanic(2002)
2ndアルバム。後に紹介するNeurosisの1996年作『Through Silver In Blood』が起源とされたポストメタルの雛形は、本作によってもたらされる。頭を振りながら浄化と瞑想する音楽、Thinking Man’s Metalだ。
スラッジメタルの成分は抑えられ、ポストロック/アンビエント要素の大量導入による融和。具体的にいえばクリーンなギターとメロディ、咆哮と歌。
大海源の中でループする叙情と轟音は、非常に前衛的であり、ジャンルの先駆者として多くの賞賛とフォロワーを生んだ。
Terrorizer誌は2002年のベストアルバム第1位に本作を挙げ、Pitchforkにおいてもジャンル無差別の2002年ベストアルバム50で、31位にランクインしている。
ISIS(the Band) / Panopiton (2004)
最高傑作と名高い3rdアルバム。イギリスの功利主義哲学者ジェレミー・ベンサムが18世紀に考案した監獄『パノプティコン』、それを監視社会として現代に落とし込んだフランスの哲学者ミシェル・フーコーの概念がコンセプトになっている。
『Oceanic』よりもさらに思慮的で叙事的、かつ壮大でオーガニックなグルーヴ感。丹念なギターのループと重層化されていくレイヤー。
寄せては返す波のような静と動の繰り返しは、”音の粒子が見える”とまで評されたライヴで本領を発揮する。
記念碑といえる作品であり、わたしにとっては本作が最重要ポストメタルアルバム。本作収録「In Fiction」を2007年1月のライヴで体験したことで、わたしの人生は確実に大きく変わったのだ。
IZAH / Sistere (2015)
オランダの6人組の1stフルアルバム。全4曲全てが10分超えの約72分は、この手のバンドには相応しい長編物語が繰り広げられる。
ポストロック要素の取り入れは前提としても、デスメタル風の残虐な攻め上がりを導入し、さらには漆黒鈍重ドゥーム、エピックなメタル、幽玄なるアトモスフィアを場面場面で切り分け。
引き出しは多く、長尺の中でうまく活用して起伏ある展開を生み出ている。
悪いグループに所属しているけど成績は優秀みたいな、ろくでなしポストメタル。極悪と極美で綴る約72分は強烈という他ない。
Jesu / Jesu(2004)
多くのプロジェクトで才能を発揮していたJustin K Broadrick。メイン・バンドであったGodfleshが2002年に終焉後、03年から始動したメイン・プロジェクトのひとつがJesuである。
本作は1st EPに続きリリースされた1stアルバム。前身バンド引き継がれた終末を見るようなヘヴィリフとリズムが築き上げる音の基盤。そこに揺らめく光彩のようなシンセサイザーの音色、ジャスティンの歌声がハーモニーを生む。
このメロウさと温かさは、彼自身が新たにJesuとして求めたもの。Godfleshと共有している部分はあれど、暗黒を抜けた先にたどり着いた神秘の音が響き渡る。代表曲#2「Friends Are Evil」収録。
Jesu / Silver (2006)
2nd EP。ターニングポイントとなった作品であり、Godfleshの延長にあった1stアルバムと比べると、狂気の入り混じった異様なヘヴィネスはかなり削ぎ落とされている。
代わりにMy Bloody Valentineに代表されるシューゲイザーの要素を持っていたヘヴィロックと調和。メロディラインや歌も洗練されていき、轟音の中にゆらぎがあり、まどろみと恍惚感をもたらすような変化を遂げた。
美しいメロディと轟音ギターの反復と紡ぎ出す白銀のパノラマ#1「Silver」は、新しいJesuの船出であることを証明した重要曲。
Jesu / Conqueror (2007)
前EP『Silver』を見事に昇華させた2ndフルアルバム。ヘヴィロックとシューゲイザーの融合が推し進められ、遅く重く美しい白銀のサウンドスケープは、さらにメロウな方向へと突き進んだ。
ずーんと持続するような重み。そこにおぼろげな輪郭の歌、柔らかいメロディが乗っていく。ヘヴィネスは決して圧殺の手段としては使わずに救済の一手であり、電子音を増加させながらサウンドのふくよかさを得た。
「まるで絶望の中にポッカリ空いた穴のような幸福感を表す事のできた初めてのアルバムだと思っている。けれど同時に、またどこかで絶望しているんだ。」 とJustin K Broadrickは国内盤ライナーノーツで語っている。
juki / 2nd Demo(2009)
かつて日本にも明確にポストメタルだといえるバンドがいた。それがこのjuki。バンド名は、”ユキ”という彼女にフラレタ友人がその名前を忘れないように嫌がらせでつけられた。
東京を拠点に00年代後半~10年代前半まで活動。本作はデモ音源として発表された2曲約25分という内容だが、大推薦したい作品である。
基本的には全編英詩を咆哮し(叙情派ハードコアからの影響も感じさせる)、ミドル~スロウテンポでスラッジメタルの大海を重たく突き進む。潤いのあるアルペジオやポストロック風の浮遊感が絡むところもポイント。
Mouth of the Architect辺りのポストメタル~スラッジを思わせる重厚な前半から8分過ぎにEITS辺りの飛翔神話につながる#2「the story between the 12th & 13th stair」は、彼等のクオリティを物語る楽曲である。
Julie Christmas / Ridiculous And Full Of Blood(2024)
先述しているBattle of MiceやMade Out Babiesのヴォーカリスト、またCult of Lunaとコラボ作を発表するなどしたソロ・ヴォーカリストの2ndアルバム。
フルアルバムは14年ぶり。余白と遊び心があった前作に比べると、本作はずいぶんポストメタル的だと思ったのが第一印象。それこそ14年前はMade Out of Babieが健在だったからそういった音楽と離れた表現になったのは理解できる。
本作ではヨハネス・パーションによる重低音援護体制がスラッジィな轟きの大きな支えになっているが、ジュリー・クリスマスも快心の怒声や痛々しい悲鳴を撒き散らしており、鼓膜に圧と刺すの両方を味合わせてくる。ゆえにわたしたちに刻まれたMarinerの遺伝子がざわつきだすもの。
Junius / Reports from the Threshold of Death (2011)
ボストンのオルタナティヴ・バンドによる2ndアルバム。全10曲から成る本作は“死後の魂の旅”をメインテーマに製作された。
Hydra Headレーベルの重みをもつサウンドの上を優雅な歌が泳いでおり、Jesuをもっとオルタナティヴな歌ものとして昇華したら彼等のような音楽性になるだろうと感じた。
轟音ギターに堂々と侵入してくる鮮やかなシンセやスペーシーな音響の使い方も堂に入っている。
彼等の音楽性はローリングストーン誌においては、”NeurosisとThe Smiths のハイブリッド、美とブルータリティの完璧な融合“と評された。
Junius / Eternal Rituals for the Accretion of Light (2017)
3rdアルバム。1stアルバムから続いた三部作の完結編。本作は魂が輪廻転生し、輪廻から脱却しようとする過程を描く。
ハンガリーの彫刻家/ヨガ実践者であるエリザベス・ハイチの半自伝的著作『イニシエーション』を基にしてストーリーを形成。前作と比較するとメタル的なエッジの増強、暗く陰鬱な雰囲気が強まる。
ヴォーカルはミドルよりもさらに低い音域で渋く歌う頻度が増加。重と美と知のトライアングルを高めつつ、後半の楽曲では電子音の使い方やシューゲイズ要素の増量などの挑戦もあり。
バンド特有のスタイルを追求した結果、しっかりと前進を果たした作品。