ポストメタル・ディスクガイド11
RÝR / Dislodged(2025)

ドイツ・ベルリンを拠点に活動するインストゥルメンタル・ポストメタル3人組。バンド名はアイスランド語で”不毛、まばらな”といった意味合いを持つ。本作は3rdアルバム。
インストのスラッジ/ポストメタルを主軸にするバンドでMUSIC VIDEOが公開されている冒頭の#1「flung」からスタイルは明白。ヘヴィなリフによる蹂躙とアンビエンスの緩和を組み合わせる。
1曲平均8分を数える尺の中でドラマティックなクレッシェンド構造には依存しないが、その音像から受ける印象は限りなく重厚で漆黒。ギター、ベース、ドラムのシンプルなキットのみを用いて出力を最大化している。
近いのはOmega MassifやLento。RÝRはその中でメリハリのある展開、虚と実の質量コントロールに巧さがある。展開のバリエーションや音色の多彩さといったものを削ぎ落し、三位一体のシンプルさを研ぎ覚ませる。同時にアーティスティックな品があるのも本作に惹かれる要因。


Shy, Low / Snake Behind The Sun(2021)

アメリカ・ヴァージニア州のインスト・ポストメタル4ピースの5枚目。リリースはPelagic Recordsから。
わかりやすい静から動へのレシピに頼っておらず。メタリックに畳みかけたり、ドラマティックに聴かせたり、身悶えるような轟音を掻き鳴らしたり。
明確なコントラストとダイナミックなレンジを利用しながら、パワフルな説得力を持ったインストゥルメンタルを響かせている。
本作を全曲演奏したライヴがYouTubeで公開され、Bandcampで音源化もされているが、トリプルギターとなった5人編成でさらに迫力増。

STORM OF VOID / War Inside You(2017)

ex-envyのDairoku(Dr)、ex.-bluebeard~NAHT~TURTLE ISLANDのGeorge Bodman(Gt)によるデュオの1stフルアルバム。ストイック&ヘヴィの極地ともいうべきサウンドを轟かせる。
かの J.RobbinsやナパームデスのMark “Barney” Greenwayをゲストヴォーカルとして迎える曲があれど、基本はインスト。
8弦ギターによるリフの波状攻撃をシャープなドラムが牽引する。楽曲自体はかなり展開していくものが多いが、リフとドラムの殴打にサンドバック状態で耐え続けることを要す。
ドラマティックなフレーズを盛り込んでるところに意外と驚きもあるのだけど、全体的にはストイックすぎるほどで、体脂肪率3%ぐらいに無駄なく引き締まっている。それぐらいじゃないとこのシャープさとキレ味は出せない。

Suffocate For Fuck Sake / In My Blood(2016)

2004年にスウェーデンで結成された7人組。SFFSの特徴はスウェーデン語のインタビューやポッドキャストからのサンプリングを核に据え、それをポストハードコアやポストメタル系のサウンドに乗せていること。Cult of Luna、Breach、envy、GY!BE、Sigur Rosといったバンドに影響を受けている。
本作は3rdアルバムで、スウェーデンで1930年代から70年半ばまで行われていた優生思想に基づいた精神障害者への強制不妊手術が題材。母国の暗部を照らす主題は、IQ58の少女を引き合いに出して話を展開する#1「Stina」から始まり、聴き進めるごとに流れた血の多さを知り、国家の闇が炙り出される。
The Chainsmokersの「Inside Out」に参加した歌手・Charleeを迎えた3曲(#1、#7、#9)に安らかな光明をもたらす時間もあれど、痛みが消えることはない。『In My Blood』はスウェーデンの歴史を知るための重要作。

Suffocate For Fuck Sake / Fyra(2021)

4thアルバム。全12曲で約1時間21分という収録時間が物語る通りに大作で母国語で「4」を表すタイトルを冠する。あらゆる依存症や共依存、薬物乱用、精神疾患を紹介するポッドキャスト番組『Beroendepodden』に出演した依存症患者4人に焦点をあて、それぞれ3曲ずつから成る4つの章で構成(出演者のひとりはSFFSメンバーの幼なじみ)。
こうした背景を持つ彼・彼女らのストーリーを最前線に立たせたうえで、SFFSの大きなコントラストを持つサウンドはさらに拡張。エレクトロニックな質感をこれまでよりも強調したことは変化のひとつで、Sigur Ros風のムードを湛えた#6「Hope」、ポストハードコアの攻撃性から電子音によるネオンが彩る9「To Fall Apart」など新たな化学反応として表れる。
その中でも”痛みの代弁者”の如きスクリームがひたすらにヒリヒリと心身に焼き付く。4人の物語が連帯し、一枚岩となって魂に語りかけてくる。人生のままならなさを映す絶望の深み、それでも生を諦めぬ再生の物語。

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SUMAC / What One Becomes(2016)

アーロン・ターナー(ex-ISIS)、ブライアン・クック(Russian Circles)、ニック・ヤキシンという支配者級/クエストクラスの3名によるゴリゴリスラッジ・バンドの2作目。
重圧的スラッジメタル風リフの反復を主に、殺伐としたダークサイドに入り浸りさせるように肉体的&精神的に追い込んでくる。
その中にエフェクトを駆使した幅のあるノイズ爆撃、インプロ的な怒涛のラッシュ、音数を絞った呪術・密教的な展開などのテイストを盛り込む。
鬼神、風神、雷神による鉄壁のアンサンブルの妙。メロディなんて贅沢がないのが、SUMACのストイックさの象徴である。

SUMAC / The Healer(2024)

目下の最新作となる5thアルバム。Bandcampのインタビューにおいては”ある意味、本作は過去2作(Love In ShadowとMay You Be Held)と結びついていて、ゆるやかに相関する3部作のようなものだと考えている“とも発言している。
忍耐を用意しろ、この超越的な音楽にはそれが必要だ。と警告が効く前に必要だろう。相も変わらず切り抜きには非対応。インスタントな表現と真逆をいく。それは26分を数える#1「World of Light」から始まることからも明らか。スラッジとサイケと即興がシームレスに繋がる脅威は全4曲約76分にわたって続く。
一貫してヘヴィを求道する中で自らを掘り下げ、定型から脱し、新たな何かを生み出していく。”本作は過去のSUMACの音楽を知っている人にとっては、理に適った進化形(国内盤ライナーノーツ、アーロン・ターナーの言葉より)”という言葉もありますが、厳粛な体験の果てに理解は及ばずともすごいものを聴いたという実感は残る。


Tacoma Narrows Bridge Disaster / The World Inside(2021)

UKの4人組による4作目。バンド名は、アメリカ・ワシントン州にあるタコマナローズ橋が1940年11月にわずか4カ月で落橋した事件からきている。
音楽的には、ポストロック/ポストメタルの要素を多分に有したプログレッシヴ・メタルといった印象。
Explosions In The Skyの叙情性からISIS(the Band)の幽玄/構築美を持ち寄り、Russian Circlesの剛健と緻密さが合わさる。さらにはTOOLであったり、70’sプログレ~クラウトロックからの手引きもある。
自分自身の内的な視点をテーマにした思慮深さを持ち合わせており、Thinking Man’s Metalの精神で聴きたい作品のひとつ。

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Telepathy / 12 Areas(2014)

2011年結成のUKのインスト・メタル系バンドの1stフルアルバム。マスタリングをJames Plotkin、アートワークをAlex CFと外堀は超人たちで埋まる。
スラッジ/ポストメタルの要素は基盤になっているが、プログレッシヴ/マス・メタルを衝突させたような感じで、Russian Circlesが近しい音楽性。興奮を煽るスリリングな展開の連続、加えて重量感バッチリの音塊を見舞う辺りはなかなかに新鮮だ。
リード曲となった#3「Cystine Knot」はヘヴィな曲調の中でクリーントーンが凛とした美しさをもたらし、プログレ・メタル的な要素が押しだされた#4「Sleepwalker」も切れ味十分。締めくくりの#7「To Kiss The Ocean’s Floor」にしても複雑な展開を基にして重厚なポストメタルを造形。
”2014年のインストゥルメンタル・ランドスケープにおいてユニークな獣である“とHeavy Blog is Heavyは評している。

Telepathy / Transmissions(2025)

Pelagic Recordsと新たに契約しての4thアルバム。リリース・インフォメーションによると、Turek三兄弟の実家にあった色褪せた写真や古いラジオ放送をインスピレーションにして制作。過去作と明らかに違うのは、シンセサイザーの主張とオーディオ・サンプルの挿入。ポーランド建国の父とも謳われるユゼフ・ピウスツキによる100年以上前のラジオ放送を使用している。そして近作のpg.lostやLong Distance Callingを思わせるポストロック/メタルと電子音の融合を図った。#4「A Silent Bridge」と#6「End Transmission」は約15分の旅路で、ポストメタルの荒涼よりも優雅な未来を映し出すサウンドスケープが目立つ。かつては”シネマティック・スラッジ”と自称していたが、本作から”ヘヴィ・シネマティック・インストゥルメンタル”と改称したのも頷ける作品。


ポストメタル・ディスクガイド12
Tesa / C O N T R O L (2020)

バルト三国のひとつ、ラトビアのインスト・トリオによる6作目。強靭なリズムセクションと重厚なギターリフによる旅路。反復による増幅、Tesaの音楽スタイルはそれだが過去作に比べると展開とギミックが増えている。
薄いヴェールのような電子音が被さってはくるし、ノイジーなアレンジも加算。とはいえ、リフの反復によってどこまでもどこまでも突き進むことで、快感と想像力を高めていく特徴は本作においても健在である。
#4「control 4」はCult of Lunaと比肩するポストメタルの質量だ。


threestepstotheocean / Del Fuoco (2020)

イタリア・ミラノのインスト・ポストメタル・バンドの5作目。”心象風景を巡る旅”をテーマとしていて、砂漠や遺跡などを舞台にした神秘性やトライバルな感触を強めている。
スラッジメタル/ポストメタルの重厚さは肝であるが、ややチープなシンセの音だったり、民族音楽のサンプリングだったりをアクセントに奥行きのあるサウンドを展開。音に重さはあるのだが、多くは語らず。
聴き手にイメージする余白を与えながら楽曲を次々と上映していくことで、不思議と彼等の音世界に浸ることができる。2017年12月には初来日公演を実施(わたしも足を運んだ)。

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Toundra / Ⅲ (2012)

Toundraはスペイン・マドリードのポストメタル系インスト・バンド。2007年から精力的に活動を続けており、2022年には新作の発表を予定している。
本作はタイトル通りに3rdアルバム。ポストロック~ポストメタルの中間をいくようなサウンドという印象はあれど、畳みかけるようなドラムの加速と轟音ギターの旋回に惹かれる人は多いだろう。
定型をいい意味で崩しており、速遅と静動をうまくコントロールしている。最後を飾る「Espírita」はRPGの戦闘シーンで使われそうな雰囲気。

Vanessa Van Basten / Psygnosis (2009)

イタリアのポストロック/ポストメタル・デュオの2nd EP。13分と9分の2曲のみ収録で22分。Pelicanの2nd『The Fire~』とExplosions In The Skyの『All of a Sudden~』の混成ともいうべきクオリティを感じる。
凄まじい爆発力を備えた轟音、美しく柔らかいニュアンスのある叙情。鮮やかに移ろいゆく風景をその2つ艶やかに駆使して描く幽玄めいたサウンドスケープに心を瞬く間に持っていかれた。
低音域の充実とグルーヴの強靭さ、さらに冷たくもメロディアスな品位を湛えている。


We Lost The Sea / Crimea(2010)

オーストラリア・シドニー出身の(当時)7人組バンドの1stアルバム。Cult of LunaのMagnus Lindbergがプロデュース&録音、ミキシングを担当。そのCult of Luna(CoL)からの影響が色濃いポストメタル・スタイルが特徴。
静寂から轟音へのセクション移行、スラッジメタル譲りの鈍さと重量感、CoLのヨハネス・パーションを思わせるChris Torpyの咆哮。愚直なまでにポストメタルである。
本作はタイトルにある通り、”クリミア戦争(1853年-1856年)”が題材。また世界初の戦争詩人の一人と言われるハリー・ターナーの詩に、インスピレーションを受けている。戦禍の悲惨さをつづった物語であり、現代にもその問題は続く。

We Lost The Sea / The Quietest Place On Earth(2012)

2ndアルバム。1stアルバムから引き続くポストメタルの激動が続くも、デリケートな叙情性を加味。物悲しくも強靭な音像、感情が湧き立つストーリーを長い時間をかけて描く。
ポストメタルの強度をしっかりと保ちながら表現されるダイナミクスとドラマ性は先人達に引けをとらないレベル。2部形式20分の楽曲#6~#7「A Day and Night of Misfortune」は壮絶な音と感情の渦に飲み込まれる
翌年にヴォーカリストが自死を選ぶ。これを機に轟音系インストゥルメンタルへスタイルを変更し、世界的に称賛された3rdアルバム『Departure Songs』を発表した。


Wren / Black Rain Falls(2025)

2012年頃から始動したUKロンドンの4人組。本作はChurch Road Recordsと契約しての3rdアルバム。音楽的には1stアルバム『Celestial』辺りまでの初期ISIS的なスラッジメタルの質感が強め。
#1「Flowers of Earth」から鈍重なミニマリズムの中でGodfleshにも通ずる荒涼としたサウンドを打ちつける。続く#2「Toil In The Undergrowth」では空間の余白を設けてAmenraを思わせる啓示的なムードをもたらしたかと思うと、Chat Pileに迫る攻撃特化の#3「Betrayal Of Self」で一気に急襲。
短いインタールード#4「Cerebral Drift」を挟んでからの後半戦はポスト系に連なるテクスチャー重視の方向性へと移行するが、冷徹で重苦しい雰囲気は貫かれる。全体を通しても肉体と精神に修練を課すような厳しさがある。黒い雨に打たれるとは、ひいてはスラッジを聴くとはそういうことだったのかと改めて思い知る作品。


Year of No Light / Ausserwelt (2010)

フランスのポストメタル六重奏の2ndアルバム。彼等も20年の歴史を誇るバンド。特に大きな変化があったのが本作で、ヴォーカルが脱退したことで、完全インストへと移行しての初作となる。
1stアルバムで強烈な存在感があった咆哮が消え去り、NadjaやMONOを想起させる壮絶なまでの美しさと重量感を伴った轟音の調べが鳴り響く。
全4曲46分と1曲は長尺なつくりであるが、アンビエントの愉悦を覚え、増したシューゲイザーの恍惚感。それでも、全編から伝わってくる身を切るような凍てつく寒さと閉塞感がまた本作のキーとなっている。

Year of No Light / Consolamentum (2021)

8年ぶりに発表となった4thアルバム。タイトルの『Consolamentum』は”慰め”という意で、 “12世紀から14世紀に南ヨーロッパで栄えたカサリック教会の開始儀式である聖餐式を表している”そう。
スラッジメタルやドゥームの要素を含んではいるが、ポストロック/シューゲイズを耐荷重オーバーに落とし込んだスタイルはそのまま。
ツインドラムによる自在の速遅操縦と驚異の推進力、トリプルギターによるドゥームからシューゲイズのエレメントの多層化は、他にはない味となって聴き手を禁断症状に陥れる。
8年の歳月をかけてきた重音の叙事詩は、バンドの存在感を一層高めるはずだ。


まとめ
上記作品から弊ブログが入門編としてオススメするのは以下の5作品です。

- ISIS(the Band) / Panooticon
- Jesu / Silver
- Pelican / Australasia
- Russian Circles / Station
- Rosetta / Utopioid
取っつきやすさを重視してはいますが、ジャンル特有の高尚感みたいなのは拭えず。おそらく、この中で一番聴きやすいのはJesuです。4曲28分で曲自体は長いですが、一番ポップであるので。
インストの方が良いという方にはPelicanとRussian Circlesを推します。Rosettaの上記作はコンセプチュアルでありながらメロウな質感。ISIS(the Band)『Panopticon』は基礎といえる作品です。
以上となります。長々とお付き合いありがとうございました。本記事は定期的にアップデートしていきます。枚数は増えていくので何度でも見ていただくと嬉しいです。
最後にSpotifyで作成したプレイリストをお楽しみください。