2008年に結成されたポーランド・ワルシャワ出身のインストゥルメンタル・トリオ(2018年までは4人編成)。轟音系ポストロックとプログレッシヴ・ロック、エレクトロニクスを融合化させたスタイルが特徴です。公式サイトから引用すると”彼らの音楽はしばしば「宇宙の音をキャッチしている」と表現されるが、これは宇宙や自然をテーマにした彼らの深い興味を反映している“とのこと。
2009年にリリースした1stアルバム『Aura』がポーランド雑誌”Przekrój”のベストアルバムTOP10に選出されると、同国内の稀有なポストロック・バンドとして頭角を表します。その後は同郷のRiversideを始めとして、God Is An Astronaut、MONO、Caspianなどと共演。音楽フェスへの出演も多数果たしている。
バンドはこれまでにフルアルバム6作品をリリース。本記事では2024年11月にリリースされた最新作『Instant Rewards』を含むオリジナルアルバム全6作品について書いています。
作品紹介
Aura(2008)
1stアルバム。全9曲約44分収録。Tides From Nebulaはツインギター、ベース、ドラムというオーソドックスな編成のインスト・バンドです。
轟音系ポストロックの系譜に連なる存在であり(本作がそれに一番近い)、冒頭を飾る#1「Shall We」からそれは十分に伝わる。5分前後ぐらいの尺を中心に美を撒き散らすクリーントーン、嵐のようなディストーションを用いて胸を打つ物語を描いています。
音像からはCaspianやThis WIll Destroy Youといった影響を感じますが、欧州のハードロック的な要素が表出しているのも特徴の一つ。#7「It Takes More~」のように初期Russian Circles的な強靭さも懐刀に収めている。次作以降はピアノやシンセサイザーも使われていくのですが、本作ではツインギターの比重が大きい。
一応、次作となる『Earthshine』のリリース時インタビューにおいて、本デビュー作を”ポジティブなアルバム“だと振り返っています。しんみりとしたギターの小波がやがてパワフルに旋回する#5「Tragedy Of Joseph Merrick」、清流のごときトレモロが印象的な#9「Apricot」といった注目曲を収録。
なお本作はポーランドの雑誌であるPrzekrójにて、2009年のポーランド・バンドのベスト・アルバム10に選出されています(出典:wikipedia)。
Earthshine(2011)
2ndアルバム。全8曲約53分収録。後にツアーで共演を果たすことになる同郷のプログレッシヴ・バンド、Riversideも在籍するMystic Productionへと移籍。
metal.deのインタビューによると”作曲がより良くなり、サウンドがさらに深くなったと思う。感情という点では新しいアルバムは少しダークで悲しくなっているのが大きな変化だ“とメンバーのMaciej Karbowskiは述べています。
比較すると前作は陽と飛翔感が強くイメージに残りますが、本作は静が腰を下ろす時間が増え、キーボードやシンセサイザーが空間的な彩りを加えるようになりました。#1「These Days, Glory Days」から変化は如実に表れており、アンビエントへ潜行するようになったことも踏まえて慎重に物語を編んでいる。
静的なアプローチの操縦をより巧みにし、その利点として生まれる浮遊感や上品さが作品全体から伝わります。またギターが澄んだメロディを鳴らすかたわらで、リズム隊が荒々しさと力強さというギャップを生み出しており、この調和がTides From Nebulaの大きな武器となっています。
Explosions in the Skyのリリシズムを継承する#2「The Fall of Leviathan」、子どもたちの声のサンプリングやピアノといった情緒的な演出を含めて10分間の美しいドラマを奏でる#8「Siberia」など収録。この手のインスト好きの琴線に触れる楽曲は揃っている。
Eternal Movement(2013)
3rdアルバム。全8曲約48分収録。Anathemaの『Weather Systems』や『Universal』のミックスを担当したChrister Andre Cederbergをプロデュース&ミックスに起用しています。
NOISECREEPのインタビューにて”このアルバムは大まかに人間性と精神性についてだ“という言葉は残りますが、その理解度は聴き手次第というところ。
前作『Earthshine』の反動からか、本作は一転して動的なアプローチが勝ります。さらに存在感増し増しのパワフルなドラミングで基盤を支え、その上にギターやエレクトロニカがエメラルドごとき煌きを放っている。#2「Only With Presence」にしても#5「Hollow Lights」にしてもある種の疾走感と見事なアンサンブルで牽引。
本作がプログレッシヴ・メタル的な強度をポストロックと上手く融和させている印象があるのは、こういった曲のインパクトが大きい。ゆえに”私たちのルーツはHR/HMにあるのでリズムセクションに重きを置いている“と発言したTrend Crusherでのインタビューも合点がいく。
一方で美麗なサウンドスケープを壊すことなく、緩急の妙で引き込んでくる#4「Emptiness of Yours and Mine」も完備。聴いていてAnathema同様に”光”を強く感じさせるのは、Christer氏によるところが大きいのでしょう。なかでもSaxon Shoreばりのカタルシスに包まれるラスト曲#8「Up From Eden」はとても感動的。
Safehaven(2016)
4thアルバム。全8曲約44分収録。自身のレコーディング・スタジオであるNebula Studioを完成させ、初めて同所で制作した作品。
”Safehaven というタイトル全体とジャケットはかなり皮肉なもの。私たちは愛、友情、そしてすべての社交生活がスクリーンの前に座って見つかることを望んでおり、それが現実であるかのように装っています。自分自身のイメージ、つまり他の人々に明らかにされるイメージをコントロールしているため、自分だけの安全な避難所を作り出しています“と本作の説明がIDIOTEQのインタビューで成されています。
音楽的にはこれまでの作品を踏まえた上でのバランスを取ったスタイル。静と動のダイナミクスの振れ幅よりもテクスチャー重視に寄った形であり、落ち着いた物語をじっくりコトコトと煮詰めています。ある人にとっては安定剤と興奮剤の両方を兼務する轟音を簡単には提供していない。しかしながら#2「Knees to the Earth」のようにわかりやすく前作を踏襲したアグレッシヴな曲も一応あります。
ですが、女性コーラスが醸し出す幽玄的な雰囲気や空間的な揺らぎを意識した表題曲#1「Safehaven」、Maseratiにも迫るポストロックとエレクトロニクスの融合化#4「The Lifter」といった新境地といえる曲が目立つ。それでも締めくくりの#8「Home」には穏やかに世界を包みこむ温かさがある。
リズムの強靭さや流麗なメロディといった核となる部分をそのままに、作品ごとに常に変化や新要素を加えることをTides From Nebulaは欠かさない。本作はより内省的で聴き手自身の心を諭すかのように音が並べられており、じっくりと向き合ってほしい作品。
From Voodoo to Zen(2019)
5thアルバム。全7曲約45分収録。Distorted SoundのインタビューによるとタイトルはSt. Vincentの楽曲「Pills」の歌詞から引用している。ギタリストの片割れが脱退したことで本作より3人体制です。その穴埋めという形なのか、電子音が重要なキャスティングを担っています。作風としては前作でも挙げたMaseratiやツアーで共演したSleepmakeswavesに近くなった印象。
アルバム先行曲#1「Ghost Horses」のSFチックなシンセサイザーのせめぎ合い、そして結成10周年を記念して前年にリリースされた#3「Dopamine」の人力ダンスミュージック的な装い。もともと使っている武器のひとつとはいえ、明確に焦点をあてることで新たなサウンドデザインの構築に成功しています。
この変化については前述のインタビューにて”結局、ロックンロール・バンドが演奏するエレクトロニック・ミュージックになったんだと思う。それは自然に起こったことだ“と発言しています。メンバー脱退をバンド後退ではなく、前進の理由にする。その決意を形にした結果であり、煌びやかな音の群れを軽やかに手なずけるのは10年を超える研鑽の賜物。
表題曲となる#5「From Voodoo to Zen」は本作の白眉。クラウトロックの雰囲気が強まる序盤から中盤を経て、終盤のブラスセクションがもたらす解放感に酔う。
Instant Rewards(2024)
6thアルバム。全9曲約52分収録。”このアルバムは私たちの本当の自分に最も近いビジョンです。独立して作業することで、私たちは作曲から最終的なサウンドに至るまで、創作のあらゆる側面を完全にコントロールすることができました“とメンバーのリリースコメントが残ります。
電子音を引き立て役に留め、3人によるバンドサウンドを最前線に持ってきているのが特徴、本作は初期に立ち返ると共に近年の作風を融合させたスタイルを披露しています。警告を促すようになるシンセとYear of No Lightに通ずる吹雪の轟音トレモロが印象的な#1「Burned To The Ground」からそれが伝わってきます。
轟・強・圧はポストメタルの領域を侵食しており、#2「The Great Survey」にしても繊細さとのバランスを取りながら終盤ではこれまでになくヘヴィな音が空間を埋め尽くそうとする。バンドのこれまでを総括したうえで個々の音を研ぎ澄ませているといいますか。
その上で人力によるエネルギッシュな熱量、電子音響によるダークで冷たい質感がシームレスに織り込まれている。こういった中にもトライバルなリズムを導入した#3「Rhino」で新鮮な驚きは用意。
また#8「In The Blood」は轟音ポストロックとエレクトロニクスの煌びやかな風合いが見事に一体化。Explosions in the Skyを思わせる歓喜のフィナーレ#9「The Sweetest Way To Die」まで迷いのなさが貫かれており、Tides From Nebulaという星雲は本作にて理想的な光度を放つに至っています。